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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)235号 判決

主文

一  原告の本件訴えのうち、平成八年一〇月二〇日執行の衆議院(小選挙区選出)議員選挙の千葉県第五区における選挙を無効とすることを求める部分を棄却する。

二  原告のその余の本件訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  原告の地位

原告が本件選挙のうち小選挙区選出議員選挙の千葉県第五区における選挙の選挙人であることは、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)の主張について

原告は、本件選挙のうち小選挙区選出議員選挙は、国政選挙における各選挙人間の「投票価値の絶対的平等」を要求する憲法の理念に反し、無効である旨主張するので、この点について判断する。

1  公職選挙法の改正の経過

本件選挙は、近時における公職選挙法の改正によって成立した新たな選挙制度の仕組みの下で行われた最初の衆議院議員選挙であるが、《証拠略》によれば、右の公職選挙法の改正の経過は、概略次のとおりであったことが認められる。

(一)  戦後における衆議院議員を選出する選挙制度は、終戦直後の一時期を除いて、基本的には、都道府県の区域を更に細分化した区域をもって選挙区を構成し、一つの選挙区から三人ないし五人の議員を選出するという仕組み(いわゆる中選挙区制)をもって運用されてきた。しかしながら、この仕組みの下では、選挙が同一政党の候補者間の争いに傾きがちで、選挙が政策の争いというよりは個人間のサービス合戦につながりやすいという難点があるとの指摘がされてきたところであり,かねてから国会・政党等の一部に、この制度を、政党本位・政策本位の選挙を可能にする小選挙区制に改めようとする動きが見られたが、結局実現しなかった。

(二)  この改正の動きが活発化し、現実化してきたのは、昭和六三年ころからで、それは、この年発覚した「リクルート事件」が契機となって、国会の内外に「政治改革」の気運が高まってきたことによるものであった。平成元年六月に発足した第八次選挙制度審議会においても、政治資金制度の改正と並んで、選挙制度の改正が主要なテーマとして取り上げられ、平成三年六月には、衆議院議員の選挙制度として小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申がされた。これを受けた海部内閣は、平成三年八月、第一二一回国会に右の答申の内容を盛り込んだ公職選挙法の一部を改正する法律案を提出したが、結局審議未了で廃案となった。その後、平成五年一月に招集された第一二六回国会においては、与野党双方から衆議院議員の選挙制度についての改正案が提案され、本格的な議論が行われたが、陽の目を見るに至らなかった。

(三)  衆議院議員選挙の在り方を含む政治改革の問題が新しい展開を示すに至ったのは、平成五年七月一八日に執行された衆議院議員総選挙の結果、議席数が過半数に達しなかった自民党に代わって、同年八月九日、日本社会党、新生党、公明党、日本新党、民主党、新党さきがけ、社会民主連合及び民主改革連合の七党一会派による連立政権(細川政権)が樹立されたことによる。「政治改革政権」と自称したこの内閣は、衆議院議員の選挙制度について、小選挙区二五〇人、比例代表二五〇人の小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする公職選挙法の一部改正案、右の選挙について新たな選挙区を確定するために総理大臣に対して所要の答申を行う衆議院議員選挙区画定審議会を設置するための法案等の政治改革四法案を第一二八回国会に提出した。一方、野党となった自民党も独自の法改正案を同国会に提出した。自民党案も、選挙制度については小選挙区比例代表並立制を導入することとしていたが、比例代表の単位を都道府県とし、一票制を採用するなどの点において政府案と異なっていた。

第一二八回国会におけるこの政治改革をめぐる政府案及び自民党案の審議は、衆議院で政府案の一部を自民党案を受け入れる形で修正した上可決したものの、参議院では可決され、憲法五九条に基づいて設置された両院協議会における協議も不調に終わるという紆余曲折をたどったが、最終的には、平成六年一月二八日、細川総理大臣と河野自民党総裁のトップ会談で決着が図られた。このトップ会談により成立した合意のうち衆議院議員の選挙制度の関する事項は、「比例代表選挙は、ブロック名簿・ブロック集計とする。ブロックは第八次選挙制度審議会の答申の一一ブロックを基本とする。」、「小選挙区選出議員の数は三〇〇人、比例代表選出議員の数は二〇〇人とする。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。」等が唱われた。

このトップ会談を受けて、政府提出の公職選挙法の一部を改正する法律は、次国会において修正される含みの下に原案通り成立し(平成六年法律第二号)、衆議院議員選挙区画定審議会設置法も、施行期日を「別に法律で定める日」とした上で成立した(同年法律第三号)。

(四)  上記のトップ会談による合意に基づき、細部について検討するため、平成六年二月四日、連立与党と自民等との間に政治改革協議会が設けられ、同月二四日にはその合意が得られた。この合意のうち、衆議院議員の選挙制度に関する主要な事項は、「比例代表選挙の区域は、第八次選挙制度審議会の答申のとおりとする(全国一一ブロック。)各ブロックの定数は、人口比例により配分する。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。なお、衆議院議員の選挙制度との整合性を考慮して、今後引き続き検討する。」、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の施行に関しては、連立与党と自民党との間において、別途、覚書を交わす。」とされていた。

平成六年一月三一日召集の第一二九回国会では、右の合意に基づく法案の審議が行われ、「公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律」(平成六年法律第一〇号)、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(同年法律第一一号。以下、この改正による改正後の衆議院議員選挙区画定審議会設置法を「設置法」と略称する。)などが成立し、同改正法は、平成三年三月一一日から施行される運びとなった。

こうして、衆議院議員の選挙制度の改正の主たる関心は、衆議院議員選挙区画定審議会による、いわゆる「区割り」のための審議に移ることとなった。

(五)  前記のとおり、衆議院議員選挙区画定審議会は、設置法によって総理府におかれた審議会であり(同法一条)、委員構成は七人(同法六条一項)で、その役割は、衆議院議員小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し、調査審議し、必要があると認めるときは、その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告することにある(同法二条)。もっとも、設置法は、小選挙区割の改定のフリーハンドを審議会に与えているわではなく、改定案の作成は、「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」としている(同法三条一項)。また、「改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は、一に、衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする。」ものとされている(同法三条二項)。審議会の勧告のタイミングは、一〇年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初の官報で公示された日から一年以内に行うものとされ(同法四条一項)、勧告を受けた内閣総理大臣は、これを尊重し、かつ、これを国会に報告すべきものとされている(同法五条)。

衆議院議員選挙区画定審議会は、平成六年四月一一日に設置され、小選挙区の最初の区割りについて勧告を行うための審議を開始した。同審議会は、各都道府県知事から区割り基準・区割り案について意見聴取を行った上、同年六月二日、「区割り案の基本方針」をとりまとめた。

この「方針」においては、選挙区割りの基準については、各選挙区の人口数に配慮することが基本とされている。すなわち、

「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とする。

(1) 各選挙区の人口は、全国の議員一人当たり人口の三分の二から四分の三までとし、全国の議員一人当たりの人口三分の四を上回る選挙区は設けないものとし、全国の議員一人当たり人口三分の二を下回る選挙区はできるだけ設けないものとする。

(2) 各選挙区の人口は、当該都道府県の議員一人当たり人口の三分の二から三分の四までとする。

(3) 都道府県の議員一人当たり人口が全国の議員一人当たり人口の三分の二を下回る都道府県にあっては、各選挙区の人口をできるだけ均等にするものとする。」とされているのである。

その上で、「方針」は、市(指定都市にあっては行政区)区町村の区域及び郡(北海道にあっては支庁)の区域は分割をしないことを原則としつつ、一定の場合には例外的に分割することとしている。例えば、市区についていえば、<1>市区の人口が全国の議員一人当たり人口の三分の四を超える場合、<2>市区の人口が当該都道府県の議員一人当たり人口の三分の四を超える場合、<3>当該都道府県の人口最大の市の区域をもって単独の選挙区としたときに全国の議員一人当たりの人口三分の二を下回る選挙区が生じる場合などには、市区の区域も分割されるのである。そのほかに、「方針」は、「選挙区は、飛び地にしないものとする。」、「地勢、交通、歴史的沿革その他の自然的社会的条件を総合的に考慮するものとする。」などの基準を掲げている。

さらに、「方針」は、区割りを進めて行く「作業手順」として、

「(1) 都道府県の区域を地域区分するに当たっては、現行の衆議院議員の選挙区の区域を手がかりとする。

この場合において、現行選挙区の区域または二以上の現行選挙区の区域を合わせた区域に二以上の選挙区を設けるときは、その区域の地理上の周辺部から、順次、当該区域の議員一人当たりの人口を目途とし、かつ、一の区割り基準に適合するように、選挙区を設けていくものとする。

(2) 作業の結果得られた区割り案が合理的かつ整合性のとれたものとなっているかどうかの総合的な検討を行うものとする。」ことを挙げている。

衆議院議員選挙区画定審議会は、右の「方針」に沿って具体的な区割りについての審議に入った。その際、区割りについて、かつて三〇〇選挙区への区割り案を答申した第八次選挙制度審議会の案を叩き台とすることとされた。

同審議会は、平成六年八月一一日に審議の結果をとりまとめ、「衆議院小選挙区選出議員の選挙区の画定案についての勧告」として、内閣総理大臣に答申した。

(六)  内閣は、右の答申を受けて、平成六年一〇月四日、いわゆる「区割り法案」を第一三一回国会に提出した。その法律形式は、平成六年法律第二号を改正して、同法に小選挙区の区割りを定める改正規定を追加する形が取られている。その内容は、公職選挙法に別表第一として衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めるものであり、その定めは、前記審議会の勧告どおりであった。

この「区割り法」は、平成六年一一月二一日に原案どおり国会で成立し、これによる改正後の平成六年法律第二号は、同年一二月二五日から施行された(同年法律第一〇四号)。

2  現行の衆議院議員選挙制度

以上のような改正の経過を経て成立した現行の衆議院議員選挙制度(以下「新制度」という。)の下における選挙区の定めの概要は次のとおりである。

(一)  議員の定数

定数は五〇〇人とし、そのうち三〇〇人を小選挙区選出議員、二〇〇人を比例代表選出議員とする(公職選挙法四条)。

(二)  選挙区

(1) 小選挙区選出議員の選挙

小選挙区選出議員は各選挙区において選挙する(同法一二条)。その選挙区は、別表第一で定めるものとし、各選挙区において選挙すべき議員の数は一人である(同法一三条一項)。

《証拠略》によると、別表第一で定められた各選挙区の人口数は、平成二年に実施された国勢調査の結果(確定値)によれば、その最大のものは北海道第八区の五四万五五四二人、その最少のものは島根県第三区の二五万五二七三人で、前者の後者に対する比率は二・一三七倍である。これを、平成七年に実施された国勢調査の結果(確定値)で見ると、前者は神奈川県第一四区の五七万〇五九七人、後者は同じく島根県第三区の二四万七一四七人であり、その比率は二・三〇九倍と、人口最大区と最少区との格差は拡大している。また、人口が最少の選挙区との人口の格差が二倍を超える選挙区の数は、平成二年の国勢調査を基準とすれば二八であり、平成七年のそれを基準とすれば六〇となる。

なお、衆議院小選挙区選出議員の選挙区は、行政区画その他の区域に変更があっても、なお、従前の例による。ただし、二以上の選挙区にわたって市町村の境界変更があったときは、この限りでない(同法一三条三項)。

(2) 比例代表選出議員の選挙

比例代表選出議員の選挙は、全国を一一に分けた各選挙区において実施する。その各選挙区及びそこにおいて選挙すべき議員の数は次のとおりである(法一二条、一三条二項、別表第二)。

北海道選挙区 九人

東北選挙区 (青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島) 一六人

北関東選挙区 (茨城、栃木、群馬、埼玉) 二一人

南関東選挙区 (千葉、神奈川、山梨) 二三人

東京都選挙区 一九人

北陸信越選挙区 (新潟、富山、石川、福井、長野) 一三人

東海選挙区 (岐阜、静岡、愛知、三重) 二三人

近畿選挙区 (滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山) 三三人

中国選挙区 (鳥取、島根、岡山、広島、山口) 一三人

四国選挙区 (徳島、香川、愛媛、高知) 七人

九州選挙区 (福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄) 二三人

3  衆議院議員の選挙制度についての憲法上の要請と原告の主張の当否について

(一)  憲法は、国会を衆議院及び参議院の両議院で構成するものとし(同法四二条)、両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定める(四三条一項)が、「両議院の議員の定数」(同法四三条二項)、「両議院の議員及びその選挙人の資格」(四四条本文)及び「選挙区、投票の方法その他両議員の選挙に関する事項」については、いずれも特に留保することなく、「法律でこれを定める。」としているから、憲法は、両議院の議員の選挙の仕組みについては、原則として、国会の裁量に委ねているものと解される。

もっとも、国会が右の憲法の各規定に基づいて両議院の議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たっては、選挙に関する他の憲法の規定による要請にも応えなければならないことはいうまでもない。この観点からすれば、憲法一四条一項、四四条ただし書の規定により、いわゆる複数選挙制、等級選挙制が許されないものであることはいうまでもないが、さらに進んで、右各憲法の条文に、同法一五条一項及び三項の規定の理念や沿革を加味して考えれば、選挙権の内容の平等、換言すれば、両議院の議員の選出における各選挙人の有する影響力の平等(投票価値の平等)もまた憲法上の要請であると解せられ、従前の最高裁の判例もこの見解に立っているものと考えられる(前掲最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決、最高裁昭和六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁)、最高裁平成五年一月二〇日大法廷判決(民集四七巻一号六七頁)参照)。

そうだとすれば、国会が両議院の議員の選挙制度の決定について有する自由裁量権と、右に掲げた「投票価値の平等」の要請とをどのように調和させるべきかであるが、この点については、憲法は、「投票価値の平等」が選挙制度を定める上で最も主要かつ基本的な要素ではあるが、それが選挙制度を決定する唯一絶対の基準ではなく、国会において、どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかの観点から、正当に考慮することができる他の政策目的ないし理由をも斟酌して、衆議院議員、参議院議院それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるとの立場を採っているものと解される(先に引用した最高裁判例も、この解釈を是認するものと解される。)。原告の主張は、この点につき、投票価値の平等が唯一絶対の基準であるとするが、この主張に従うとすれば、少なくとも選挙区の定め方についての国会の裁量は、極めて技術的な問題に限定されることになる。国政の中心を担う両議院の議員の選出方法を定めるにつき、国会の裁量権をそのように狭く解さなければならない帰結となる原告の主張の妥当性には、この点において疑問がある。

(二)  次に、前に認定した新制度が成立するまでの過程においては、様々な要素が考慮されていることが窺われる。

その中で、極めて高い比重で考慮されている事項が「投票価値の平等」である。この点は、すでに設置法三条一項において、各選挙区の人口比は、その最も多いものと最も少ないものとの間で二対一を基本とすることとする区割原則が打ち出されていることからも明らかである。これを受けて衆議院議員選挙区画定審議会が策定した「区割り案の基本方針」においても、右の「二対一の比率」を基本に据え、この原則を都道府県を単位とする区域を基準に選挙区を設けていった場合に必然的に想定される各選挙区間の人口数の不均衡をどのように調整するかについて、腐心していたことが窺われる。同審議会の答申は、右のような法律の規定や方針に沿った審議の結果に基づいてされたものであり、これがそのまま新制度として実現しているのであるから、新制度の決定において「投票価値の平等」は主要かつ基本的な要素として考慮されていることが明らかである。

新制度の決定において考慮されているもう一つの要素は、選挙区を定める基準としての都道府県・市区町村の区域である。前述のとおり、新制度は、従前の中選挙区制に代わるものとして考案されたものであるが、その中選挙区制自体が都道府県の区域を基準とするものであったから、新制度発足の過程における議論においても、その制度の下での小選挙区は都道府県の区域が単位となることを暗黙の前提とし、その内部をいかに細分化して小選挙区を画定するかに専らの関心が置かれていたものと推認される。「区割りの基本方針」も都道府県の区域を基準として選挙区を構成することを前提にして、一定の範囲で人口数の均衡を保つことに配慮しつつ、他方で、最少行政単位である市区町村、さらには郡を分割をしない原則を建てて、地域のまとまりに対する配慮をしているのである。

このように、衆議院議員の選挙区の設定において都道府県・市区町村の区域が重きを成しているのは、これら地方公共団体が、地縁・血縁等に由来する住民の帰属意識に支えられたまとまりのある知識として、歴史上においても、国民が政治的、経済的、社会的諸活動を営んでいく上での基本単位であったし、現代においても、わが国全体の社会の仕組みが、一極集中を廃して多極分散型の国土形成に向けて変化している中で、新たな観点からその組織単位としての機能の重要性が認識されつつあるからであると考えられる。すなわち、都道府県・市区町村は、国政に携わる議員の選挙制度に関しては、過去にも、また現在においても、その選出の最も普遍的な基盤という政治的意味を有する団体として機能してきたのである。このような点にかんがみると、都道府県・市区町村の行政区域は、新たに選挙制度を構築しようとするに当たり、国会において考慮することができる合理的な要素であるといって良い。

(三)  以上のようにみてくると、今回の新制度を樹立するに当たって、国会は、考慮すべき要素、考慮することができる要素を斟酌して、新制度を決定したということができるのであって、そのような新制度全体が、複雑・多様化している国民の利害や要望を公正かつ効果的に吸収する仕組みとして合理的であるかどうか、また、憲法の諸規定に適合しているかどうかの問題は別として、少なくとも、この制度の下における小選挙区選出議員の選挙の仕組みが、投票価値の絶対的平等を貫徹するものではないという一事をもって、合理性を欠き、憲法に違反するものと断ずることはできない。したがって、原告の請求原因2(一)の主張は、採用することができない。

三  原告のその余の主張についての判断

1  請求原因2(二)について

原告の請求原因2(二)の主張は、新制度の下に置ける比例代表選出議員の選挙が違憲・無効であり、そのことが、ひいては小選挙区選出議員の選挙の違憲・無効をもたらすとの趣旨とも解されるが、原告の右主張は、その前提となる比例代表選出議員の選挙の違憲性について具体的な摘示を欠くものであって、それ自体失当といわなければならない。のみならず、新制度の下における小選挙区選出議員の選挙と比例代表選出議員の選挙とは、同時に執行されるものではあっても、それぞれ別個・独立の選挙であり、その効力又は当選に関する争訟手続も別異のものとされていること(法二〇四条、二〇五条、二〇八条参照)にかんがみれば、一方の選挙の効力は他の一方の選挙の効力に消長を来すものではないと解すべきであるから、原告の右主張は、この点においても理由がない。

2  請求原因2(三)について

原告は、新制度の下では、衆議院議員選挙の選挙運動の期間は一二日とされているが、この期間は、選挙人が候補者の人物や政見を十分に吟味するには極めて短期間であり、憲法に違反する旨主張する。

新制度の下においては、衆議院議員選挙の選挙期日の公示又は告示の日は、選挙期日の少なくとも一二日前とされている(公職選挙法三一条四項、三四条六項)から、衆議院議員選挙の選挙運動の期間は、最短の場合で一二日間ということになる(同法一二九条参照)。原告は、この期間の定めが合理性を欠くと主張するもののようであるが、衆議院議員選挙の選挙運動についてどの程度の期間を設けるのが相当であるかについては、種々の考慮要素があり得るところであり、それは、原則として、国会の広範な立法裁量に属するものというべきである。もとより、この期間が、客観的にみて、国民の選挙権の適正な行使を不可能にする程極端に短かい期間である場合には、憲法上の問題が生ずる余地もあろうが、現行の公職選挙法の下での選挙運動期間にそのような瑕疵があるものとは到底評価することができない。よって、原告の右主張は理由がない。

3  請求原因2(四)について

原告は、本件選挙においては、候補者が所属している政治団体等にも選挙運動が認められたため、政治団体などがその権威を利用して、個人候補者よりも大量の選挙運動を行ったが、これは、団体優位の選挙であるから、憲法に違反する旨主張する。

原告の右主張は、新制度の小選挙区選出議員の選挙においては候補者のほか候補者を届け出た政党その他の政治団体が、比例代表選出議員選挙においては名簿を届け出た政党等がそれぞれ一定の選挙運動を行うことを認められたこと(公職選挙法一三章参照)を捉えているものと解される。しかしながら、原告の右主張は、右に掲げた政党等に選挙運動を認めることが、当該政党等に所属する候補者とそれ以外の候補者との間にどのような不公平を生じさせることになるのか、それが憲法違反という帰結に至るゆえんは何かについての具体的な摘示を欠くものであって、それ自体失当といわなければならない。

のみならず、現代社会における政党の前記のような役割にかんがみれば、衆議院議員の選挙において政党等にどのような選挙運動を、どのような範囲で認めることとするかは、国会の立法裁量に属する事柄であって、原則として、憲法違反の問題を生じないというべきである。

四  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求中本件選挙のうち小選挙区選出議員選挙の千葉県第五区における選挙の無効を求める部分は、理由がないからこれを棄却すべきである。

なお、原告が本件選挙のうち小選挙区選出議員選挙の千葉県第五区を除くその余の選挙区における選挙の無効を求める部分は、原告は、右小選挙区選出議員選挙については千葉県第五区の選挙人であるから、その余の選挙区における選挙の効力に関し公職選挙法二〇四条によって異議を主張することは許されず、原告適格を欠くものとして(被告も、千葉県以外の選挙区における選挙については被告適格を欠く)、これを却下すべきである。また、原告が本件選挙のうち比例代表選出議員選挙の無効を主張する部分については、原告は右選挙の南関東選挙区の選挙人であるから、右選挙全体の効力に関し公職選挙法二〇四条により異議を主張することは許されず、原告適格を欠くものとして(被告も、この種の訴訟につき被告適格を欠く)、これを却下すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 小池信行 裁判官 坂井 満)

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